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札幌地方裁判所 昭和39年(ワ)1055号 判決

原告 北海道中重自動車株式会社

被告 国

訴訟代理人 中村盛雄 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金三二万円およびこれに対する昭和三九年一一月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として、

一、原告は昭和三一年四月一日訴外株式会社富士商会と特約販売店契約を締結し、その際訴外領家彦三郎は原告に対し、右契約から生ずべき右訴外会社の原告に対する一切の債務を担保するため同人所有の別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)につき債権極度額三〇〇万円の根抵当権を設定する約束をした。

二、そこで原告と領家は同年六月一三日司法書士鈴木正市を双方の代理人として旭川地方法務局美瑛出張所に対し、本件不動産につき前記設定契約を原因とする根抵当権設定登記の申請をしたが、この申請書には「債権極度額なし」と記載されていた。

根抵当権設定登記を申請するときは設定契約により定めた最高限度の金額(債権極度額)を申請書に記載しなければならないが、右申請書にはその記載がないから、これが適法な申請でないことは明らかである。

およそ登記官吏は登記申請を受理するに当つては、申請が適法であるかどうかを審査し、適法でない場合は申請を却下しなければならない義務がある。しかるに前記出張所の登記官吏は、申請書の記載のみから容易に発見できる右の瑕疵を見落して過つてこれを受理し、「債権極度額なし」との無効な根抵当権設定登記をした。

三、旭川地方裁判所は本件不動産について原告より後順位の根抵当権者(昭和三二年一二月一六日登記)である訴外商工組合中央金庫の申立によりこれを競売に付し、昭和三六年一一月二四日競売代金三二万円のうち金三一万九、七七二円を右金庫に支払つたが、先順位の根抵当権者たるべき原告は前記登記が無効であるとの理由で一銭の配当も受けられなかつた。

四、当時原告は、訴外会社に金二一七万八、六三一円の債権を有していた。原告は登記官吏が前記根抵当権設定登記申請を受理して登記簿に記入したから有効な登記がされたものと信じていたのであるが、もし登記官吏がこの申請を適法に却下していた一とすると、原告はあらためて直ちに債権極度額三〇〇万円なる有効な登記をしていたはずであり、右三二万円の競落代金は全額原告が支払を受け得たものである。訴外会社はすでに倒産して全然支払能力がない。したがつて原告は登記官吏の職務上の違法行為により右金三二万円の損害を蒙つたものである。

五、よつて原告は国家賠償法一条により被告に対し金三二万円とこれに対する昭和三九年一一月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁に対する答弁として、〈以下省略〉

理由

〈証拠省略〉を綜合すると、原告は昭和三一年四月一日訴外株式会社富工商会との間において、同会社を原告の特約販売業者に指定し、原告の取扱う商品の販売をなさしめるいわゆる特約販売店契約を締結し、その際、右会社の代表取締役であつた訴外領家彦三郎はこの契約に基く原告に対する取引上の債務を担保するため、同人所有の別紙目録記載の不動産を原告に担保(根抵当)として提供する旨を約し、その登記手続に要する自已の委任状、印鑑証明書等を原告に交付したことが認められる。しかしこの根抵当の不可欠の要素である債権極度額の合意については、証人吉田礼一は「三〇〇万円という約束であつた。」旨証言するが、〈証拠省略〉に照すとかような合意があつたかは極めて疑わしい。右甲一号証(特約販売店契約書)の本文第九条および第一一条には、将来事情によつては別途定める書面をもつて根抵当権設定契約を締結することがあるという趣旨の記載があるだけであつて、ただ本件の場合には、右契約書の末尾に本件不動産を含む担保物件目録が編綴されかつ登記手続に要する書類の授受もなされていることから、実際には右契約時においてすでに本件不動産を根抵当に供することが約束され、債権極度額など細目の合意のみを後日交わす契約書に委ねたものと認められるのであるが、後にかかる細目を定めた設定契約書が交わされた形跡は全くなく、前記吉田礼一の証言のみをもつてしてはとうてい極度額の合意があつたと認めるに足りない。

このように原告と訴外領家との間には、単に本件不動産を原告に根抵当として提供するという不完全な約束があつたにとどまり債権極度額も定められていなかつたとすると、原告は未だ本件不動産につき有効に根抵当権を取得するには至らなかつたものといわざるをえない。

しかるところ、原告および訴外領家は司法書士鈴木正一を双方の代理人として同年六月一三日旭川地方法務局美瑛出張所に対し、本件不動産につき「債権極度額なし」と記載した根抵当権設定記入登記の申請書を提出し、右出張所登記官吏は過つてこれを受理し、「債権極度額なし」という登記をしたことは当事者間に争いがない。およそ登記官吏たる者はこのように明白な瑕疵ある申請を受理すべきではなく、たとえ受理して登記をしても登記としての効力がないことはいうまでもない。しかし登記官吏が違法に申請を受理し、申請どおりの無効な登記をしたからといつて、原告は先に認定したとおり本件不動産に対して有効に根抵当権を有していなかつた以上、何らの権利侵害もなく、原告が損害をうけたとはいえない。登記官吏が右申請を却下していたとすると、原告は急拠領家との間で極度額を定めて登記申請をしなおしたであろうが、それは却下処分による事実上の効果にすぎず、登記官吏がこのようにして申請者の注意を喚起する義務を負うものではないし、およそ原告としては登記官吏の却下処分の有無にかかわらずいつでも有効な登記をなしえたものであることは被告所論のとおりである。原告の本訴請求は自已の過失をさしおいて責を他に転嫁しようとするもので、全く筋ちがいというべきである。

よつて原告の請求はその余の点を判断するまでもなく失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井正雄)

目録〈省略〉

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